2006.10月コピー誌発行
2009.10.22サイト掲載

EVENS

 都会の一等地に立つ広い邸宅。
 建物をぐるりと囲むように庭があり、更にそれを囲むように高い塀が設けられている。
 中規模の貿易会社を営むこの家の主人、寺崎は、いやに防犯意識が強いらしく、屋敷の塀やら入口やらあちこちに無断侵入防止のセキュリティが張り巡らされてた。
 おまけに今日は広い庭にドーベルマンまで放されているようだ。
「いやあ物騒だなあ」
 明かりの落ちた屋敷の一室から外を眺めながら、黒羽快斗は呟いた。
 内容に反して発された声は明るく、楽しそうですらある。
 快斗は高校生だが、一身上の都合で怪盗なんてものをやっている。狙うのは決まってビッグジュエル。
 前任者が作り上げたルールに則って、まずは丁寧に予告状から。
 続いて予告した時間ピッタリに、エレガント且つ華麗にターゲットを盗みだす。
 もちろん観客へのサービスも忘れない。特に勤労精神溢れるニッポンのケーサツの皆様には過剰なまでのサービスを心掛けている。
 しかしどうやら今日は、一般の観客はいないようである。
 せっかく昨日予告状を出したのに、家主は通報しなかったようだ。
 まあ、宝石が非合法な手段で手に入れられたものだから当然かもしれない。
「さーて、夜も更けたしそろそろ動き始めましょーかね」
 昼間ルームクリーニングサービスの業者に紛れて侵入していた快斗は、侵入したときと同じ作業着でコキコキと首を鳴らした。
 時刻は午後十一時。予告は零時丁度だ。
 しかし実は、まだターゲットがある金庫へ入る方法が確定していなかったりする。アイデアはいくつかあるのだが、実行するにはまず家主である寺崎を捕まえなければならず、その家主の姿が先ほどから見当たらないのだ。
 と。
 快斗が思案しながら眺めていた外が、急に騒がしくなった。
 男の叫び声。犬の吠え声。そして、なにやら黒い影が建物の影から走り出て、追いかけてくる犬めがけて何かを蹴り飛ばしている。
 それが上手に犬にあたって、犬がひっくり返った。その間に黒い影は、塀に手をかけて身軽に乗りあがる。
 そのまま逃げおおせるかと思った、そのとき。プシュ!っとサイレンサーつきの銃特有の音がして、影が壁からずるりと落ちた。
「おしいなー、いい身のこなしだったのに・・・。侵入者か・・?」
 オレ以外にも歓迎されざる客がいるらしい。
 そう思って見ていると、影へ近づいていく人間たちの中に寺崎がいるのが見えた。
「お、あのおっさんようやく出てきたな」
 ずっと出かけていたようなのだが、とうとう戻ってきてくれたらしい。せっかく予告状を出したのに、在宅してくれないのはつれなすぎるではないか。
 快斗はしめしめと、寺崎を捕まえるための算段を練り始めた。




 左肩が灼けつくように痛む。掠っただけとはいえ、かなり抉られた傷口は燃えるように痛み、絶え間なく血液が流れ出ている。
銃で撃たれ、もう少しというところで捕らえられた新一は、玄関から入ってすぐの大きな部屋へ担ぎこまれ、なおざりに手当てをされた状態で手足を縛られて床に転がされていた。
「おい、坊主。吐け。誰の命令でここへ来た?」
 この家の主人である恰幅のいい男―寺崎が、新一の目の前に立って低い声でそう聞いてくる。
「誰の指図でもねーよ」
「なんだと?」
 新一の答えに寺崎は驚いたようだが、実際新一は単独でここへ来ていた。
 ほんのニ時間程度前、新一はある事件の関係者を追って埠頭へ行き、その人の行動を確認していざ帰ろうとしたときに、怪しげな連中を目撃したのだ。
 その連中は海の中から何かを引き上げていた。そしてそれを横に立って監督していたのが、寺崎だ。
 新一の勘が正しければ、これは入港している船の底にでも結びつけてあった積荷を密輸入しているところで、中身はおそらく違法なものであろう。
 そこで新一は、積荷を載せたトラックを追いかけて、タクシーでここまで来た。当然一旦通り過ぎてからまた徒歩で戻ってきたわけだが。
 中身を確認してからでないと、さすがに通報はできないと思い、セキュリティをかいくぐってこっそり入り込み、積荷を確認していたところでドーベルマンに見つかり、さらに銃で撃たれて捕まってしまった。
「社長、この坊主、見たことありますぜ」
 近くにいた男が寺崎の横から口を出す。その目が新一を確かめるように見つめた後、お決まりの台詞を吐いた。
「確か高校生探偵とかいって、もてはやされてるガキですぜ。
 いくつか迷宮入りしそうな事件を解決したとかで、テレビや新聞なんかにも出てました」
「ああ、見たことあるな。たしか・・・工藤新一、とかいう子供だったな」
 高校生の姿にようやく戻っても、大の大人から見るとただのガキらしい。
 新一は内心皮肉っぽく笑いつつ、しかし事態を切り抜ける術を探して辺りを見回した。
 部屋には寺崎のほかに、男が五人。
 その全員が、銃器で武装している。先ほど確認した密輸品も銃であったから、おそらくこの男は裏で銃器の売買をしているのだろう。
「なるほど、で、お前はたまたまオレたちの取引を見かけて、ここまでついてきた、とそう言うわけだな?
 探偵ってのは好奇心が強くて死に急ぐ商売なんだな」
 寺崎が鼻で笑う。
 新一は無言で男を見返した。
 どんなにうまく寺崎の隙をついても、周りにいる男たちからは逃れられないだろう。さらに悪いことに、この手当ての仕方から見ても、寺崎は新一が死んでも構わないと思っている。殺しはしない、などというどこかの変わった怪盗とは異なり、正真正銘の悪人だ。
「ま、探偵小僧なら、いきなりいなくなっても何か事件に巻き込まれたんだと、勝手に周囲が判断するだろう。殺れ」
 新一の予想通り、寺崎は眉さえ動かさずに横にいた男へ言った。さらに一言付け加える。
「あ、ここで殺すなよ?部屋が汚れるからな。
 例の地下室で殺って、いつも通りに埋めておけ」
「了解です、社長」
 命令された男は新一の目の前まで来ると、乱暴な仕草で腕を掴み上げた。
 それが怪我をしているほうだったので、新一は痛みに眉を顰める。
 その瞬間。
 ころん、と音がして、新一と寺崎の間になにか丸いものが転がってきた。
「・・・なんだ?」
 訝る男たちの目の前で、その丸いものは唐突に白い煙を噴出し始める。
「な!?」
「なんだ!?」
「煙幕か!?」
「いや、これは・・・」
 怒号と叫びが交差する中、新一は懸命に口を引き結んだ。

 これは。
 このやり口は。

 靄がかかったような白い視界の中で、喚いていた男たちがどおっと音を立てて床に崩れていくのがシルエットで見えた。
 新一を掴んでいた男も、ぐらりと傾いで膝をつき、そのまま床へ落ちていく。
 自由になった手で口を覆いながら、新一はすぐに辺りを見回す。
 すると案の定、すぐ傍に見知らぬ影が迫っていた。
「死にたくなけりゃ、大人しくしてろよ」
 影は陽気な声でそう言うと、よいしょと掛け声をかけて新一を肩に担ぎ上げた。
「なっ!お、おい・・・!」
 思わず声をあげた新一は、息を吸ってしまいぐらりと眩暈を感じた。
「いいから、けが人は静かにしとけ」
 眩暈と傷の痛みと、いやにしっかりと自分の身体を担ぐ影の腕に、新一は何も言わずに目を閉じた。


 この少し前。

「うっわ、名探偵じゃん!」
 屋敷の窓伝いに寺崎たちがいる部屋へたどり着いた快斗は、窓からこっそり中をのぞいて驚いた。
 先ほど捕まった侵入者は、なんと見知った高校生探偵だったのだ。
「何やってんだかもう」
 快斗を追いかけてくるときもそうだが、あの探偵は無鉄砲にすぎる。今日もきっと、なにか謎だか犯罪のにおいだかを嗅ぎ付けて、ここへ来てしまったのだろう。
 もう少し保身を考えてほしいもんである。
「ん〜〜」
 寺崎と探偵との間に交わされる会話を聞きながら、快斗はちょっと考える。
 あの探偵は面白い。あの探偵がいなくなったら、快斗の仕事の楽しみが半減するだろう。
 とりあえず殺されそうになっている探偵をどうやって助けようかな、と思う程度には、快斗は工藤新一を気に入っていた。


 初めて会ったとき、小さな子供の姿をとっていた探偵は、一ヶ月程度前に唐突に高校生の姿で快斗の前に現れた。
 そのときのことを、快斗は今も鮮明に覚えている。
 とてつもなく。
 嬉しそうだったのだ。

 そりゃあ元の体に戻ったのだから嬉しいには違いないだろうが、その喜びはおそらく自宅やお隣の家で思う存分噛み締めたのだろう。
 快斗の前に現れた探偵の嬉々とした顔は、あきらかに怪盗に対してだけのものだった。
 まずいきなり前に立ちはだかり、目線が大体同じであることを確認してものすごく楽しそうににやりと笑った。
「もう見下ろされるこたぁねえな」
 快斗は毎回彼を見おろしてはいたが、別に見くだしたりしたつもりはない。
 あの小さな探偵は、そんな侮りを寄せ付けないすばらしい実力の持ち主だったし。
 それでもどうも探偵は気にしていたらしい。
 そして次には素早い動きで快斗の懐へ飛び込んできて、超高校級と言われる体重の乗った蹴りを放ってきた。
「おっと」
 快斗はマントを翻してそれを間一髪で避けた。
「あっぶねえなあ、いきなり何すんだよ」
 文句を言った快斗に、探偵は続けて攻撃をするでもなく、その場に立ったままでまたとてつもなく綺麗に笑ったのだ。
「お前、今後は手加減とかいらねーからな?」
 今の蹴り見てわかったろ?と言わんばかりの探偵に、快斗は唖然とした。
 たしかに今まであの小さな探偵には、あまり肉弾戦などしかけたことはない。あっちはよくボールを蹴ってきたりいろいろしてきたが、こちらはせいぜいトランプを飛ばす程度だ。
 あんな小さな体では、快斗が腕を一振りしただけで飛んでいってしまいそうだったからだ。
 それを。
 わかった上で、もう必要ない、と探偵は言うのだ。
 それもめちゃくちゃ嬉しそうに。
「あー・・・、ハンデはもういらねっつーわけね。
 なんつーか、オレ一言言ってもいい?」
 快斗はぽりぽりと頬をかきながら、目の前で機嫌よさそうに笑う新一を見た。
「なんだ?」
「復活オメデトウ」
 ぽんっと一応赤い薔薇の花なんて出しながら、快斗は探偵にお祝いの言葉を述べてみたりした。
 快斗的にも探偵が元の姿になるのは嬉しい。あの小さな子供と遊ぶのも楽しかったが、ちょっと人には言えない関係だったからだ。
 高校生探偵と謎の怪盗ならば、まだしもライバル関係として公言できるものである。
「おう!サンキュな」
 探偵はよほど嬉しかったのか、驚いたことに快斗が差し出した薔薇を受け取った。そして満面の笑顔で、今日は挨拶に来ただけだから、見逃してやる、なんてすばらしいことを抜かしたのだ。
 


 そんな意味不明で傲岸不遜で唯我独尊でむちゃくちゃタフな探偵を、快斗が気に入っても仕方あるまい。
 そんなわけで、危険を冒すことになったが、快斗は寺崎たちの手から探偵を救い出した。

 救い出してすぐに、快斗は新一の傷をどうにかしなければ、すぐに見つかってしまうことに気が付いた。
 出血が止まっていない。二人の後を点々と血の跡が追いかけてくる。
 仕方なく快斗はすぐ近くの部屋へ入り込み、新一の傷口を確認した。
「掠っただけだ」
「でもかなり抉れてるぜ」
 相当痛かろうと思うが、新一は少し眉を顰めているだけで、特に泣き言を言うわけでもない。
 手持ちの道具の中から、布を取り出して血をふき取ると、快斗はスプレーを取り出した。
「なんだそれ」
「液体絆創膏ってあるだろ?あれの特別版」
 液体絆創膏は、ささくれなんかに塗ると、接着剤のように固まってくれる優れものだ。
「難点は、めちゃくちゃしみることだな」
「・・・しみるのかよ」
「しみるな。オレ前に何回か泣いたもん」
「・・・・・・」
 快斗は丁寧に傷口から血をぬぐうと、すぐに新たな血が吹き出してくる傷口へ、問答無用でスプレーを吹きつけた。
 特別製の泡状スプレーは、傷口とその周囲を白く染めていく。固まると透明になり、血も止まるはずである。
「・・・っ」
 新一はわずかに息を呑むと、顔を逸らし、唇を強く噛みしめていた。
 しみると言ったのは嘘ではない。泣いたといったのも実は本当だ。涙がちょちょぎれるほど痛いのである。もしこの傷を受けたのが快斗で、治療を隠れ家でしていたら、泣きながら辺りを転がりまわるだろう。
 しかし気丈な探偵は、ぐっと唇を噛んで声を出さずに耐えている。見上げた根性だ。
 顔を背けるように逸らした首筋と、痛みをこらえる顔に、なんだかちょっと動悸を感じて、快斗は胸を抑えた。

 む、いくら気に入っていると言っても、相手は男だ、男。

 実はあの一ヶ月前の再会以来、探偵のことを考えるとちょびっとどきどきしてしまう病気に襲われていたりする。
 探偵が悪いのだ。
 あんな満面の、快斗と対等になったことが嬉しくてたまらないような笑顔を向けられたら、誰だってきゅんっとなってしまうではないか。
 いやよくしらんけど。
「やっぱ完全には血を止められねーな」
 よこしまな意識をとっぱらって、快斗は新一の傷口をじっと眺めた。
 特別製の凝固剤は、確かに固まってはきたものの、血が流れ出る勢いのほうが強い。そのため、凝固した透明な膜の下からうっすらと血がにじみ出てきているのだ。
「さっきより全然いいだろ。サンキューな」
 新一はそう言うと、手早くシャツを着ようとする。それを制して手持ちの包帯で固定してやっていると、新一が大きく息をついた。
「お前、こんなところで何してる」
「命の恩人にそゆこと聞くんだ」
「オレになんて構ってる暇があんのか疑問だっただけだ」
 新一はそう言うと、でも感謝はしてるぞ、と付け加える。
 まあさっきもお礼は言ってたなと思いつつ、快斗は立ち上がって新一を見下ろした。
「確かにここで悠長にお互いの身の上話をしてる余裕はなかったりする。
 名探偵の怪我の治療が先だと思ったからここに入っただけで、なるべくならもっと見つかりにくいところへ移動すべきだ」
「あんのかよ、そんなところ」
「オレを舐めんなよ?」
 邸内の地図ならば頭に入っている。
 快斗はドアを開けて外を窺うと、新一に手招きして外へ出た。
「足は大丈夫か、名探偵」
「左肩以外は大丈夫だ」
 気丈な探偵はそう答えて、快斗と同じ速度で走り出した。
 幸い寺崎たちはまだ起きていないらしい。しかしあの睡眠ガスは即効性がある分持続性は低い。
 後五分もしたら目を覚ますだろう。
 


 もともと身を隠す予定だった、寺崎の妻の部屋へ快斗は入り込んだ。
 寺崎の妻は今、ヨーロッパ周遊の旅に出ていて留守であり、掃除がたまに入る程度だ。こんな夜中であればなおさら人がくるはずもない。
 その部屋の大きなベッドに新一を座らせて、快斗は化粧台にあった椅子に腰掛けた。
「で?名探偵はどーしてここに?」
 言うと新一は隠す気もないのか、何の補足説明もせずに端的に事実を述べた。
「銃器の密輸入現場を見かけて追いかけてきたんだ」
「・・・一人で?」
「一人でに決まってんだろ」
 決まってねーよ、と快斗は思ったが、この探偵は単独行動が常だ。彼の中では決まってるのだろう。
「んで捕まったと」
「うっせーな。犬なんているからだろ。つか今考えると、オメーがいるからここの警備が異様に厳しいんじゃねえか?」
 新一がむっとしたようににらんでくる。
 八つ当たりだ。
「それ関係ねーだろ。そりゃあ確かにオレが出した予告状のせいで警備は厳しくなってるんだろうけどさ。
 だからって探偵が忍び込んできて捕まったのはオレのせいだっつーのは変だろ。
 忍び込むんなら、相手の警備体制くらいちゃんと把握しておくべきだ」
 オレみたいに。
 快斗が言うと、新一はへの字にした口をますますひん曲げたが何も言わなかった。さすがに自分の言うことが言いがかりだったとわきまえたらしい。
 そしてしばし何かを考えている。おそらく快斗が予告状を出したこと、しかしそれが公には報道されていないことなどの理由を考えているのだろう。
 まあ武器の密輸をするくらいだから、ビッグジュエルの出所も推して知るべしというところだ。
 それからふと何かに気が付いたように、口を開いた。
「お前、携帯電話持ってるか?」
「へ?」
「電話。通報するんだよ」
「オレを?」
「バーロ。寺崎だよ」
 ああ、なんだ。と快斗はほっとした。というか、バーロとか言われたことにちょっと喜んでしまった。
 だって『オレを通報するのか?』に対して『バーロ、そんなことしねえよ』という会話なわけだ。なんてことだ。嬉しすぎる。
 しかしおそらく探偵の本音は『バーロ、そんなのは後だ』とか『バーロ、お前を捕まえんのはオレだ』とかそういうのだろう。
 快斗だってちゃんとわかっているのだ。うむうむ。でもやっぱり嬉しいのだ。
「んー、でも今通報されると困るんだよな、オレ」
 思わず顔がほころぶのを押しとどめながら、快斗はぽりぽりと頬を掻く。ちなみに今もまだ、快斗は作業着だ。
「まだターゲットを盗んでねーし」
「どこにあんだよ」
「三階の奥の部屋。でも特注の金庫に入ってて、寺崎じゃないと開けられなかったりする」
「ふぅん。じゃあ早く盗んでこいよ。んで通報させろ」
 盗むのやめろって言わないんだなーとか、どうやって盗むんだとか聞かないんだなーと快斗は思う。
 新一は、怪盗キッドの盗みには不可能がないと思っているのだろうか。それはもう自明のことで、だからどうやって、なんて聞かないのだろうか。
「信頼されてんのかなあ、オレ」
「ん?なんだよ」
「いやー、えーっと・・・実はまだ盗む方法を決めかねてて」
「はあ?お前が?」
 正直に言ったらあからさまに問い返されて、快斗はちょっと怯んだ。探偵の中の怪盗キッドの格を下げてしまったかもしれない。
「いや、本当は今ごろ寺崎を捕まえて、声を盗んだり金庫を開けさせるためのトリックを仕掛けたりと、いろいろやるつもりだったんだけど・・・」
「オレを助けてて予定が狂ったんだろ」
 新一がため息をつくようにしていった。
 まあ一応そういうことになるか。実際のところは、新一が目撃したという取引に寺崎が出かけていたので、いろいろ遅れてしまっただけなのだが。
 その後のハプニングはしかし、確かに新一のせいだ。
 新一は少しの間視線を壁のほうへそらしていたが、仕方がない、というような声で快斗に問うた。
「金庫を開ける方法は?」
「…聞いてどうすんの?」
「助けられっぱなしじゃ気持ち悪ぃんだよ。
 今日お前の計画を狂わせた分は手伝ってやる」
「…まじで?」
「うるせえな。いいから早く説明しろ」
 急かされて、快斗は探偵の気持ちが変わらぬうちにと急いで説明を開始した。
 この家にある金庫は特別製だ。部屋の壁に埋もれるようにして取り付けられている。当然持ち運びができる代物ではない。
 丸い形の扉も分厚い金属の三重構造になっていて、銃なんかで打ち抜くのも無理だ。
 そして扉には、寺崎の声紋認証と静脈認証のセキュリティがかかっている。
 声は盗めても、静脈は盗めないから本人―少なくとも本人の指には出張願わなければならない。
 殺人をするつもりはないので、それはすなわち本人に来てもらわなければならないことになる。
「んじゃなんとか騙して開けさせりゃいいんじゃねーか。
 そんなのお前の十八番だろ?」
 一通りの説明を聞いた新一が、素朴な疑問のように言う。
「それがな、まだあるんだ。実はこの扉、十五秒しか開いてられないんだ」
「は?」
「十五秒経つと、勝手にしまるんだよ。そして中からも外からも、やっぱり寺崎じゃないと開けられないんだ」
 つまりなんとか寺崎に扉を開けさせても、そこで彼を昏倒でもさせてしまうと、今度は中で物色している間に扉が勝手にしまって、二度と開けられなくなってしまうわけである。
「十五秒じゃなあ、中に入って、ターゲット見つけて、すぐに取り出して…ってやってもぎりぎり、できるかどうかだなあ」
 快斗がうーむ、と悩んでいると新一が呆れたような顔をした。
「今までその金庫になんか大掛かりな搬入とかなかったのかよ?
 十五秒じゃなんもできねーじゃねーか」
「でも寺崎さえいれば、何度でも開けられるんだぜ?
 多分そういう場合は台車とかで運んできて、扉の前でスタンバってて、開けてすぐ中にとりあえず入れてしまえば、あとは作業が終わるころにまた寺崎に開けてもらえばいいんだ。
 まあもしかしたら何回かに分けて作業したかもしれねえけどな」
 しかし今回は、そうも行かないのだ。中にキッドが入ったとわかったら、寺崎が外から開けてくれるわけもない。
「そんなんじゃ、金庫の中に侵入するのも至難の技じゃねーか?寺崎を騙して開けさせても、奴を言いくるめたりぶっ倒してる間にそんくらい経っちまうんじゃねーか?」
「するどいねー。実はたぶんそう」
 新一の指摘に、快斗は苦笑いする。
 そうなのだ。普通なら、騙して開けさせて、そこで味方を装って自分も確認に入るとか、気絶させて中へ入るとかするところだが、狭い入り口でそんなことをしている間に十五秒なんて経ってしまうだろう。
「で?どうするのが一番いいんだ」
 新一の質問は端的だ。何がしかの解決策を、快斗が用意していると思っているのかもしれない。
 事実そうではあるのだが。
「センサーがあるんだ。扉が開いていることを察知するやつ。
 それを壊せばとりあえずタイムリミットはなくなるはず」
 最初はそれを壊すための道具をつけるつもりだったのだ。
 そのために、一度寺崎にドアを開けさせて、センサーの近くにその道具をつけ、予告時間になったときに、もう一度寺崎にドアを開けさせた上で、開けっ放しにできるようになった金庫から、優雅に盗むつもりだった。
「なるほどな。そのセンサーはどこにあるんだ?」
「入り口の右上んところ。ドアが完全に開かないと見えない」
「それをどうやって壊すつもりだったんだよ?」
「前もって一度誰かに変装して寺崎にドアを開けさせて、覗きこむふりでもして時限式の道具をつけようかと。
 もしくはトランプ銃で遠くから撃ち抜くとか」
 しかし撃ち抜くには、ちと難易度が高すぎるのだ。寺崎がドアを全開にしておくとは思えない。
「…じゃあそれをオレがやってやる」
 新一は快斗の言葉を聴き終えると、一言そう言った。
「へ?」
「だから、お前なんとかしてドアを開けさせろよ。そしたらオレがそれを撃ち抜いてやるから」
 自信満々というか、そこらの本棚から本を出してきてやる、というような調子で言う新一に、快斗はふと記憶を手繰った。
 そういえば、以前快斗は新一の銃の腕を見ている。そのころはまだお互いにお互いを知らなかったけれど、揺れるヘリコプターの上から、細い紐だけを撃ち抜くという、離れ業をやってみせたのだ。
 しかし今探偵は左肩に怪我を負っている。その状態で、技量を十分に発揮できるのだろうか。
「・・・できるか、名探偵」
「目標が見えてりゃ、できる」
「んじゃ任せた」
 それだけ言葉を交わすと、快斗は新一のために銃を調達することにした。

 予告時間が近づいたころ、何の襲撃もないことに不安になったのか、寺崎が二人の護衛を連れて金庫の部屋へやってきた。
 快斗はその様子を、隠れて見つめる。
 部屋へ入ってきた寺崎は狼狽している。さもありなん、部屋の前にいたはずの見張りたちは、軒並み気を失って廊下の端っこに片付けられていたのだから。
 そして慌てて入ってきた寺崎が見たのは、外からずっと続いていた血の跡が金庫へ続いていて、その前で途切れているという事実だ。
「な、これはどういうことだ!?
 もしかしてあの工藤新一はキッドの変装だったのか?」
 寺崎が一人で叫ぶ。
 血が扉の前で途切れている、というのは、どういうことか。
 それはつまり、中に誰かが入ったのではないか。
 そう考えた寺崎は、部下二人に辺りを見張らせて金庫を開けに掛かった。
 快斗は二人の見張りをどうやって一瞬で倒そうか、と考える。すると少し離れたところに身を隠している探偵が、自分の腕についているごつい時計を軽く指差してから、その同じ指で左側の護衛を指し示した。
 快斗はそれに軽く頷く。
 そして。
 金庫が開いた。

 その瞬間、快斗は勢いよく飛び出して、右側にいた護衛の死角から鋭い蹴りを放った。
「ぐあ!?」
 態勢を崩した護衛の襟首に、渾身の力を込めて両手を組んだ拳を叩きつける。
 昏倒した男を一瞥してすぐに振り返ると、左側にいた男がどぉっと倒れるところだった。
 当然探偵の麻酔銃でやられたのだ。
 ここまで、ものの数秒の出来事だ。
 寺崎は開けた金庫の扉から中へ半分ほど身体を入れたところで、異変に気がついてドアの外へ顔を出していた。
「怪盗キッド!!」
 快斗の白い姿を認めると、寺崎は危機感を抱いたのか、外へ出てこずに金庫の内側から扉を閉めようとした。
「おっと、閉められては困ります」
 快斗は急いで扉を掴み、無理矢理それを開く。丸く開いた入り口の真ん中に寺崎が立ちふさがり、開いたドアと寺崎の間に快斗が入り込んだ形になった。
 このまま十五秒経つと、快斗は自動で閉まるドアによって寺崎とともに金庫内へ閉じ込められてしまうだろう。
 その残り時間は、おそらくあと八秒ほどだ。
 寺崎はそうなることを知っているからか、余裕を持って懐から銃を取り出した。
 そして威嚇するように快斗へそれを向け、
「そのままそこを動くなよ」
 という。おそらく彼は、快斗が十五秒という制限があることを知らないと思っているのだろう。
 しかし快斗にも余裕はない。早くセンサーを撃ち抜いてもらわなければならないのだが、入り口に立ちはだかっている寺崎と快斗自身が邪魔になっているのだ。
 しかも探偵は傷を負っていて、ここまで走ってきて二人を避けて撃つというのは難しい。
 今もドアを見渡せるところに隠れ、センサーが見えた瞬間に撃つべく準備をしているはずなのだ。
 快斗はじわりとにじんでくる冷や汗を感じながら、寺崎へ白い手を上げる。
「動きませんよ、私は。今用事を済ませましたのでね」
 言って、何も持っていなかった手のひらに用意していたフェイクの宝石を出現させた。
 そしてそれを寺崎の目の前に軽く放り投げる。
「そ、それは…!」
 寺崎が手を伸ばして宝石を拾おうとした。
 快斗も最低限の動きで、センサーと新一を結ぶ線上から避ける。
 その瞬間。
 シュッと空気の裂ける音がして、風が疾走った。それはほとんど快斗の頬を掠めるようにして駆け抜ける。
 直後パァン!と軽い音とともに、ドアの最奥部で何かが弾けとんだ。
「な、なんだ!?」
 ぎょっとして外を窺おうとする寺崎に、快斗は背後を振り返りもせずににぃっと笑う。
「まったく、探偵にしておくには惜しい腕だぜ」
「なんだと?」
「いえ何でも」
 思わずはずれかけていた怪盗紳士の仮面を被りなおし、快斗は微笑みと共に寺崎の顔面にプシュっとスプレーを吹き付けた。
「目覚めたときには厳しい現実があなたを待っていることでしょう。
 せめてそれまではよい夢を」
 驚愕と恐怖に目を見開いた後、催眠スプレーによって倒れた体を、快斗は金庫のドアが閉まらないようにするためにドアに寄りかからせた。
 そして金庫の中から目当てのものを取り出し、外へ出てくる。
 すると探偵が、隠れていた場所からほとんど動かずに足を投げ出して座っているのが見えた。
「おい、大丈夫かよ」
 その紙のように白くなった顔をみて、快斗は思わず新一の前へしゃがんで頬へ手を伸ばした。
「約束」
「んあ?」
「通報」
「あ、そっか」
 言葉少ない新一の言いたいことを理解して、快斗は懐から携帯電話を取り出した。
 仕事中に万が一落としたりすると困るので、これは普段使っているものではない。改造した特注品で、いろいろ付加機能がついていたりする。
「あ、もしもし、目暮警部ですか?工藤です」
 本人の目の前で思い切り名を騙って、快斗は探偵の馴染みの警部を呼び出した。簡単に事情を説明して、自分が銃で撃たれていること、ちょっと出血がひどいことを伝える。
「すみませんが、よろしくお願いします」
 通話を切ると、壁に寄りかかっていた新一が嫌そうな顔をした。
「誰が人を騙れっつった」
「だって一般人装って通報すると、警察の動きが鈍いだろ?」
「そりゃあそうだが」
 新一はため息交じりの声を出す。というか、声がかすれているのは怪我と出血のためだろう。
 寺崎を騙すために、血の跡を金庫の前までつけることを提案したのは新一だ。
 しかしそのためにまた新一の傷口を開くことを、快斗は了承しなかった。そうするならば、その案は却下だ、と告げたのだ。
 そこで快斗は自分の腕を切ろうかと考えたのだが、新一にものすごい勢いで反対された。
「お前の腕を傷つけるならオレもこの案は却下する」
 結局、押し問答をした結果、新一が腕を少し切ることになった。とにかく借りを返すのだ、ということと、月下の奇術師とまで言われる男が腕に傷なんてつけるな、と探偵は強い語気で繰り返し、快斗が負けた形だ。
 実際に切りつける際には、本当に最低限の量で済ませるように、快斗は新一の手つきを慎重に眺めていたものだ。

「んじゃ、お前もう行けよ」
 新一はよいしょと掛け声をかけて立ち上がると、窓の外を眺めて快斗へそう言った。
「目的は遂げたんだろ?」
「あぁ。…あ、礼を言ってねえ。
 サンキュー探偵。いい腕だったな」
「おう、任せろ。でもあんまぎりぎりだったから少し焦ったぞ」
「オレもだ」
 言って二人で視線を合わせてニヤリと笑う。そこに互いに寄せる信頼のような光を見て、快斗は困ったなと思う。

 この探偵は、ほんとうに。
 自分の好みなのだ。

「警察が来るまで一緒にいるさ。まだこの屋敷には寺崎の護衛がわんさかいるんだぜ」
「オメーほんとにお人よしだなあ」
 そんな会話をしているうちに、遠くから聞きなれたサイレンの音が聞こえてくるのに気がついた。
 警察の到着だ。
 それはつまり、怪盗の退却時間を示している。
 快斗はわずかに名残惜しく思いながら、探偵へ優雅に一礼した。
「お別れだ、名探偵。その傷で無理すんなよ」
「おう。オメーもこの後に及んでドジ踏んで捕まんなよ」
 新一は笑って、警察を迎えるために歩き出そうとした。
 そしてふらり、と眩暈を感じてよろめいてしまう。
 血液が足りないのだ。
「……っと」
 倒れそうになった身体を、白い影が抱きとめた。そのまま、腰と背中に腕を回して、しっかりと抱きしめられる。
「気をつけろよ、名探偵。眩暈してんじゃねーか」
「あー…ちょっとだけだ…」
 血を失って少し寒気を感じる身体に、怪盗の体温が温かい。抱きしめられた身体から伝わるぬくもりと、心地よい心音に新一は自然に怪盗の肩に頬を寄せて目を瞑る。
 とくん、とくん、とお互いの心臓の音が混じる。
 怪盗の腕の中でひどく安心している自分を、新一が不思議に思ったとき。

「工藤くん、どこだい?」

 唐突にドアの外で声が聞こえた。聞きなれた、若い刑事の声だ。
 がちゃり、という音とともに扉が開いたときには、新一は一人でそこに立っていた。
「あ、工藤君、怪我はどう?大丈夫?」
「高木刑事、大丈夫です。すみません」
 言ってにこり、と笑う。

 腕と肩に、甘い温もりが残っていた。

 

 


2006年の10月に出したコピー誌です。古っ!!
読み返すと恥ずかしいので読み返してません!変なところがあったらすみません〜!

前から祭り部屋とか作ったときに、ちょこちょこアップしていたのですが、今回サイトにちゃんと掲載することにしました。


 

+閉じる+